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地上の楽園「だまされた」
戦後の帰還事業で北朝鮮に渡り、その後脱北して日本で暮らす男女5人が「人権を抑圧された」として、北朝鮮政府に5億円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が14日、東京地裁(五十嵐章裕裁判長)で開かれ、東京都に住む原告の川崎栄子さん(79)は尋問で「北朝鮮の宣伝で地上の楽園だと刷り込まれ、だまされた」と語った。
原告側代理人によると、北朝鮮政府を相手取った訴訟は初めて。代理人を含めて北朝鮮側からの出廷はなく、訴えに対する認否の書面も提出されなかった。
川崎さんは在日朝鮮人の両親の下、京都府で生まれ育った。17歳の時、単身で北朝鮮へ船で渡った。
エラー“帰還事業で過酷な生活” 北朝鮮政府に賠償求め裁判 東京地裁
2021年10月14日 18時33分昭和30年代以降、在日韓国・朝鮮人と日本人の妻などが北朝鮮へ渡った「帰還事業」で、長期にわたって過酷な生活を強いられたなどとして、男女5人が北朝鮮政府に賠償を求めた裁判が14日、東京地方裁判所で開かれました。弁護団によりますと、北朝鮮政府を被告とする裁判が開かれるのは初めてだということです。
訴えているのは「帰還事業」で北朝鮮に渡り、その後、脱北して日本で暮らす男女5人です。
昭和34年から25年続いた「帰還事業」では在日韓国・朝鮮人と日本人の妻などおよそ9万3000人が北朝鮮に渡りました。
5人は当時、十分な食料も提供されず過酷な生活を強いられたなどとして、北朝鮮政府に対し合わせて5億円の賠償を求めています。
以下略 NHK
エラー|NHK NEWS WEB
関連 在日朝鮮人の帰還事業
吉永小百合主演の映画『キューポラのある街』で知り合いの帰国を喜ぶ場面があるように、一般の日本人も帰国事業に概ね好意的だった。このため、日本のマスコミは左派右派を問わず帰国事業を人道的な事業と捉え、新聞各紙はこぞって帰国事業を歓迎し賛同する記事を書き連ねた。1959年12月24日付産経新聞の「暖かい宿舎や出迎え/第二次帰国船雪の清津入港/細かい心づかいの受け入れ」、1960年(昭和35年)1月9日付読売新聞の「北朝鮮へ帰った日本人妻たち「夢のような正月」ほんとうに来てよかった」、さらに1960年(昭和35年)2月26日付朝日新聞に、次のような記事が掲載されている。
「帰還希望者が増えたのはなんといっても『完全就職、生活保障』と伝えられた北朝鮮の魅力らしい。各地の在日朝鮮人の多くは帰還実施まで、将来に希望の少ない日本の生活に愛想を尽かしながらも、二度と戻れぬ日本を去って“未知の故国”へ渡るフンギリをつけかねていたらしい。ところが、第一船で帰った人たちに対する歓迎振りや、完備した受け入れ態勢、目覚しい復興振り、などが報道され、さらに『明るい毎日の生活』を伝える帰還者たちの手紙が届いたため、帰還へ踏み切ったようだ[20]。 」
後年、朝日新聞 ソウル支局長(当時)の市川速水記者は、「かつて南の軍事政権と対比させたとき、南はダメだ、北はいいという論調の記事がありました。北朝鮮に対しては、社会主義幻想と贖罪意識に加えて、その『悪い南と対峙している』という面も加わって、目が曇ったんだと思います。帰国事業に朝日新聞も加担した。[…]自分が1950年代、60年代に記者だったら、踏みとどまれたか、まったく自信はありません。」と責任を認めている[21]。
ウィキペディア(Wikipedia)
TBS
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それより、北朝鮮は地上の楽園だと虚偽の報道をしたメディアを訴えるべきだろう
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